2007年8月21日〜23日 泥川(ウリャーノヴカ)キャンプ
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 22日(キャンプ2日目) 
 目が覚めて、テントの外に出てみると、満天の星空だった。昨夜の雷雨が嘘の様に天の川が流れていた。余りに星が瞬いているので、車の中で寝ている相棒を起して見せようと思い。車のドアをノックすると、車の中から見たということだった。その後、車外に出て星空を見上げたら、窓越しよりもずっと綺麗だったようで、喚声が聞こえる。
 星空から夜明けの空に変わる瞬間を見ようと待ち受けていたら、闇に、中知床(アニワ)岬の灯台の灯が見えていた。ようやく真っ暗な空に、赤味と青味が差し、夜明けとなるが、中々太陽が顔を出さない。水平線から太陽が顔を出だすと、足早に昇り出す。
8/22 3:43 8/22 4:14 8/22 4:40 8/22 4:42
空が白々と開け 朝陽が 太陽が昇る 歪な太陽
 水滴の様に歪になって水平線から顔を出し、泥川の前浜を真っ赤に染め出す。静かな潮騒の音を伴って波が沖から真っ赤な光を運んでくるかのようだ。
                               ←大
8/22 4:44
菱取の岬                               亜庭湾
 太陽が昇りきったので、キャンプ地に帰ると、皆さんが一列に並んで昇る太陽を見ていた。その顔は、真っ赤に染まって嬉しそうに笑っていた。昇る太陽は白い雲を、眩いばかりに更に白く輝かせながら昇って行った。海岸線の北にはロシア人の白亜の建物の奥に、菱取の岬(125m)が望まれた。
8/22 4:45 8/22 4:49 8/22 5:15 8/22 5:20
太陽が上がりきる 朝陽を浴びて 雲を更に白く 菱取の岬を
 目を海岸線の南に転じれば、古江(112m:ふるえ、クーラ)の岬が真っ赤に染まっていた。余りにも長閑なので、波打ち際に椅子を持って行って、潮騒の音を聴いていた。時々、長靴にまで波が押し寄せ、その度に少し椅子が沈む。太陽は凪いでいる海面に、金属的な輝きを与え鏡の様に輝く。キャンプ地に戻ると、朝食が始まっていた。昨夜残した手付かずのカニを頬張る人もいた。やはり、泊尾橋が気になり砂山に上がる。
8/22 5:20 8/22 5:26 8/22 5:50 8/22 6:06
古江の岬 金属的な輝き 朝食 泊尾橋
 砂山に駆け上がり、古江岬、沼、泊尾橋、摺鉢山、スキー場の山、フレップ畑、旧市街、菱取岬(125m)のパノラマを写す。
                                                   ←大
8/22 6:07
古江の 沼   泊尾橋          摺鉢山  スキー場 フレップ畑  旧市街  菱取
 記念碑を見に行く
 運転手のスタースが漁師にゲートのガキを借りに行っている間に、また、泊尾橋を見に行く、ズームを使うと泊尾橋にはカゴメが欄干に留まっているのが見えた。まだ、帰って来ないので、旧市街を散策し、一番大きな蕗を採ってきて、石垣さんに持ってもらって写す。
 スタースが鍵を持って帰って来たので、車に乗り込んで出発する。皆さんの話題は「記念碑がまだ立っているか」ということだった。多くの意見は「熊に倒されている」との意見だった。
 学校跡に着くと、目の前に信じられない光景が広がっていた。ロシア人の廃屋は倒され、その代り、工事用の仮設住宅が建っていた。奉安殿の基礎に据え付けていたはずの「記念碑」は陰も形も無かった。傍には、トイレが建っていたことも悲しかった。記念碑は鉋がかかっている良い木材なので、トイレの便座に加工されているのではと想像してしまう。
 意気消沈した皆さんは気を取り直して、奉安殿跡の基礎にお菓子と花を供え線香を手向け、先祖の魂に語りかける。最後に摺鉢山をバックに記念写真を写す。工事の飯場の真ん中なので、線香を消して、お菓子を回収する。
8/22 6:10 8/22 7:53 8/22 8:33 8/22 8:43
泊尾橋とカゴメ 大きな蕗 奉安殿とトイレ 摺鉢山をバックに
 今度の故郷訪問で最大のイベントだったので、皆さんの落胆は計り知れない。淋しい心の内を見せないで、泊尾神社の参道跡に突入する。背丈を越す草が生い茂り、水芭蕉の生える湿地と化した参道跡を辿って行く。道の両側には側溝が伸びているので参道跡と分る。奥へ進むと突然目の前が開け泊尾神社跡に辿り着く。
8/22 8:56 8/22 9:00 8/22 9:03 8/22 9:04
泊尾神社を目指す 参道跡を行く 泊尾神社跡
 泊尾神社の手前から摺鉢山が木立越しに見える。摺鉢山の登山道があったという辺りで記念写真を写す。
 ロシア人の飯場に戻って、伊藤さんは工事現場の責任者と話しをしていたら、後ろにいた朝鮮系のロシア人が銃を持って来て目の前のテーブルに置いた。伊藤さんは気付いて、銃から弾槽を外してしまう。まさに、西部劇の時代に戻ったような気がした。ここは樺太ではなく、ロシアだと実感する。一気に友好ムードになり、話しが進む。私も、田畑さんの持ってこられた供物(昔懐かしい品々)の中からキャラメル3個をプレゼントだと渡す。どうやら、ここにリゾート施設を建てるらしい。
8/22 9:08 8/22 9:09 8/22 9:21 8/22 9:21
摺鉢山を望む 登山道入口で ロシア人の飯場 学校跡に別れを
 帰り道、郵便局の木を見に行く、オンコの木と松の木は結構大きくなっていた。郵便局の木をバックに記念写真を写す。郵便局跡から摺鉢山を望み、目の前の荒野を見て、郵便局の木と別れる。
8/22 9:42 8/22 9:42 8/22 9:46 8/22 9:46
郵便局の木 摺鉢山を望む 目の前の荒野 郵便局の木と別れ
 帰り道、岩崎さんが卒塔婆を立てたという岩崎寺跡を尋ねたが、ただ、荒野が広がっているだけだった。
 山内さんの実家跡を訪ねる
 鉢子内川に架かっていた鉢子内橋の左岸(河口に向かって左側)に山内さんの実家があったと言うことで、鉢子内橋を目指すことにした。鉢子内にはカニを持って来てくれた伊藤さんの友達の漁師の家があった。あいさつをして、川岸を遡ると、落ちた橋と橋脚が残っていた。
8/22 10:09 8/22 10:18 8/22 10:19 8/22 10:21
鉢子内 橋脚 橋脚と記念写真 橋脚の川側
 橋脚の岸側に回り込んで見るが、そこから先は行くことが出来ず、岸辺にはカラフトマスの死骸と熊の大きな足跡が残っているだけだった。戻って、鉢子内河口で遡上してくるカラフトマスの魚影を追う。
8/22 10:24 8/22 10:44 8/22 10:47 8/22 10:53
橋脚の岸側 鉢子内河口 菱取岬 カラフトマスが
 泥川の流れ
 海岸沿いに南下して河口まで行き、泥川を渡ってみようと思ったが、深くて断念する。古江(112m:ふるえ、クーラ)岬が目の前に見える河口から、今度は川沿いにマスと共に遡上してみる。泥川は長い砂洲を伴って流れている。緩やかにカーブする河岸を流れに逆らって辿って行くと、泊尾橋が見えて来る。泊尾橋と摺鉢山が一直線に見える所で一枚写す。
8/22 12:03 8/22 12:05 8/22 12:08 8/22 12:19
古江岬 泥川河口 泥川の流れ 泊尾橋と摺鉢山
 泊尾橋から河口を目で追うと、綺麗な円弧を描いて流れている。泥川は真っ直ぐ海に向かって流れていたが、大きく南に向けて流れを変えてしまっている。昔の河口は摺鉢山と泊尾橋を結ぶ延長線にあったので、今立っている辺りが川だったのだろう。2.4mの三角点は対岸にあるはずだが、行くことが出来ない。
                                         ←大
8/22 12:21
古江岬                        泊尾橋 摺鉢山
 フレップを探しに
 キャンプ地に戻って見ると、今度は、フレップ(アイヌ語、日本名:コケモモ)を探しに行くと言う。花田の実家跡の十字路を曲がり、スキー場の山を目指して進む。旧国道沿いには熊の踏み跡があったので、希望者だけ行くことになった。その結果は、女性は帰って、男性のみでフレップを探しに行くことにした。
 スキー場の山を目指して奥に行くに従い、ツンドラとなり、水が溜まってきた。昔は無かったエゾカンゾウが黒い実を付けていて、フレップ畑も一変していると言う。やがて、イソツツジが現れ、ノリウツギ(サビタ)の白い花、エゾヘビイチゴの赤い実が現れる。
8/22 13:10 8/22 13:12 8/22 13:20 8/22 13:21
スキー場の山を イソツツジ ノリウツギ(サビタ) エゾヘビイチゴ
 遂に、鳴海さんは草原の中にコケモモ(フレップ)を見付ける。目が慣れてきて、草の下にコケモモ(フレップ)を見つけるが、肝心の実が成っていないのがほとんどだった。草が生い茂っていて、コケモモ(フレップ)が存亡の危機に瀕しているようだ。ハゲッペラ(ゴゼンタチバナ?)、ジンタン(マイズルソウ?)は見つけることは出来なかった。
 それでも、満足して、菱取岬の見える太田の沢から海岸に出ることにした。海岸線を歩いていると「シカギク」が咲いていた。
8/22 13:37 8/22 13:40 8/22 13:57 8/22 13:58
ゴゼンタチバナとコケモモ コケモモ(フレップ) 太田の沢 シカギク
 最後の晩餐会
 キャンプ地から亜庭湾に虹が架かっているのを見る。良く見ると二重の虹だった。
                     ←大
8/22 16:16
 キャンプ地から 虹を見る
 夕食はマカロニとソーセージ、スイカだったが、一人あたりの量が多すぎた。ビールが底を付いたので、ウォッカやウィスキーの水割りを飲む。
 夕食後、旧市街を散歩すると、デンデンムシと間違われる「アラモノニマイガイ」を見つける。ハマナスも咲いていた。
8/22 16:18 8/22 16:18 8/22 16:31 8/22 16:41
夕食(大×) 夕食(大×) アラモノニマイガイ ハマナス
 エゾオグルマ、エゾオオヤマハコベの別嬪さんを探して散策していると、ロシア人の定置網が見えた。どうやら、浜辺に立っている看板は定置網の許可証のようだ。浜辺に回ると、ノコギリソウが顔を出す。
8/22 16:53 8/22 16:57 8/22 16:58 8/22 17:01
エゾオグルマ エゾオオヤマハコベ 定置網 ノコギリソウ
 再び、旧市街に戻ると割れて錆びたニシン釜が草生していた。キスジホソマダラのようだが尻尾にハサミのある虫を見つけ写す。後で気が付いたことだが、ヒゲが長くて全姿は写っていなかった。この虫は「シリアゲムシ」と言うらしく、蝿の先祖に近い仲間のようだ。シロヨモギ、ハマエンドウも写す。
8/22 17:04 8/22 17:08 8/22 17:11 8/22 17:12
ニシン釜 シリアゲムシ シロヨモギ ハマエンドウ
 海岸線で、多肉植物の様な白い花の咲くハマハコベ、ハマベンケイ、ハマハタザオ、オオダイコンソウと見て回る。
8/22 17:17 8/22 17:17 8/22 17:19 8/22 17:23
ハマハコベ ハマベンケイ ハマハタザオ オオダイコンソウ
 キャンプ地に戻ると、また、二重の虹が現れていた。砂山に上がると、アザラシの死骸が悪臭を漂わせていた。エゾゴマナは白い花を咲かせていた。やがて、夕焼けになるが、入り日は摺鉢山に落ちて行く。今日、8月22日は泊尾神社の夜宮だと言う。きっと、太陽が、摺鉢山に落ちる日をお祭りの日にしたのではと思われてならない。
8/22 17:25 8/22 17:27 8/22 17:46 8/22 17:47
二重の虹 アザラシの死骸 エゾゴマナ 入り日
 南の空に白い半月が現れ、海上には、雲を突き破って丸い入道雲の頭が現れる。いよいよ、日が落ちだすと、摺鉢山が太陽に食べられた煎餅にように欠ける。日が落ちると、また、摺鉢山は元に戻るが、落ちたはずの太陽が雲に映える。
8/22 17:50 8/22 17:59 8/22 18:07 8/22 18:10
入道雲が 入り日 雲に映える太陽
 コックのミーシャが作ったロシア風三平汁を食べ終え、キャンプファイヤーと花火大会が始まった。花火は昨夜の大雨で湿気てしまったのか、不発が多いが、泊尾神社の夜宮にはお似合いだった。
8/22 18:35 8/22 18:56 8/22 18:56 8/22 18:56(大×)
ミーシャ・サーシャ(大×) ユーラ・ミーシャ・鳴海 鳴海さん・山内さん 深山さん・愛棒・石垣さん
 23日(キャンプ3日目、最終日)へ続く