サハリンの中に樺太を探しにU 
      =第40回サハリン平和の船(平成19年8月19日〜24日)=
                 (時間は全て日本時間、距離は推定です)
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 はじめに
 相棒は樺太を脱出して62年目で、再び、二回目の訪問をすることになった。両親が住んでいた「小里」から脱出した「芳内」へ徒歩で向かった行程を確認することも目的だった。今回は、叔母さん2人と相棒に付き添って行くことになった。
 泥川には郷土愛の強い人たちがいて、泥川郷土会を作って活動している。今回は泥川会の3人、雨竜に住んでいた1人とわれわれ4名の合計8人がサハリン友好の船(企画:道日露協会、潟mマド)に申し込み、泥川へ行くことになった。
 2007年8月19日〜20日 札幌⇒400km,7hr00min⇒稚内
 準備をして7時過ぎ寝て、札幌のわが家を19日12時少し前に出発する。市内に住んでいる相棒の叔母2人を一人一人拾って行く。
 一路、稚内を目指し、一気に高速道路で士別まで行き、そこからは一般国道を北上する。道の駅はトイレが綺麗で本当にありがたい。稚内には7時過ぎに着き、コンビニで水を買い、叔母の知り合いのお寺に車を置くため、お寺に寄り駐車場所を確認し、車でフェリーターミナルまで送って行く。改めて、お寺に車を停め、国際ターミナルまで徒歩で行く。
 2007年8月20日 稚内⇒165km,6hr⇒大泊(コルサコフ)
 間もなく、待合室で北海道日本ロシア協会の結団式とノマドの説明が始まった。その後、出国手続きをして乗船する。「アインス宗谷」へ行く道には、以前あった屋根付きの歩道が無くなり、アスファルト道路が剥き出しになっていた。アインス宗谷へ乗船して、泥川組8名は1つのフロアに収まることが出来、毎時17.1ノットの旅が始まった。
8/20 8:47 8/20 9:01 8/20 9:04 8/20 9:11
出国手続を待つ アインス宗谷へ アインス宗谷へ乗船 船内でのくつろぎ(大×)
 甲板に上がると稚内港が良く見え、赤帽、北防波堤ドーム、全日空ホテルが連なって見える。
                     ←大
稚内港:全日空ホテルと北防波堤ドーム  8/20 9:23 
 船内に戻り、自動販売機で360mlのビール(100円)を買い飲むと、酒と疲れでウトウトとする。再び、甲板に上がり、去り行く北海道を見ていると、樺太の西能登呂岬(クリリオン岬)が見えて来る。泥川の目印になる「臥牛山」(ガギュウザン:西能登村の最高峰)が見え出すが、雲が垂れ込めていて泥川の同定が難しい。臥牛山(露名:シーヴゥハ)をみんなで探す。臥牛山は転覆した船が、右を船首にして腹を見せているような山でその形から別名「軍艦山」呼ばれていた。
8/20 10:04 8/20 11:25 8/20 12:02 8/20 12:21
赤防波堤とホテル 北海道を後に 西能登呂岬(クリリオン岬) 泥川を望む
 甲板の救命用具越しに大泊(コルサコフ)港が見え出すと、一斉に下船準備を始める。コルサコフの市街は大きく、船舶の数も多いのだが、船や桟橋施設が老朽化している。突然、船内放送で、コルサコフ港に全船入港禁止中との放送が流れ、沖に停泊してしまう。フェリーは30分位沖止めされた後、日本時代の桟橋に後ろ向きに接岸する。桟橋から入国審査をする建物に一台のバスでピストン輸送が始まったが、バスは行ったきり中々戻って来ない。接岸から税関の建物を出るまでに2時間近くかかった。
8/20 14:44 8/20 15:51 8/20 16:09 8/20 17:57
救命用具越しに港を 船着場 後ろ向きに接岸 税関の前(大×)
 2007年8月20日 コルサコフ(大泊)⇒40km,1hr⇒ユジノサハリンスク(豊原)
 迎えのバスに乗り込みやれやれと思い一息つく。コルサコフの鉄道は、狭軌のレールを広軌にするために3本のレールにする工事が行われている。コルサコフ(大泊)からユジノサハリンスク(豊原)までの道路は5年前に来たときよりも良くなっていて、走っている車も多かった。北海道と基本的には変わらない風景の中を走る。約40kmの距離を1時間くらいかけて走ると、ユジノサハリンスク(豊原)駅横の「ユーラシアホテル」に着く。
 ホテルに着いて、夕食をとる時間は、時差が2時間(2014年10月26日から1時間になった)あるので現地時間では、もう10時近くになっていた。食事は二種類の黒パン、スープ、鶏肉と馬鈴薯等が出てきた。ビールは割り勘で買い、安着祝いの乾杯をする。部屋に帰ると、カーテンは幅の狭いふんどし状で、外から丸見えだった。
8/20 17:58 8/20 17:58 8/20 19:09 8/20 17:44
迎えバスに乗り込む 入国審査の建物 ユーラシアホテル ホテルの夕食(大×)
 2007年8月21日へ続く